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「吉田寮とタテカンを想う/投稿者S」 残り104日

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このブログはいろんな寮生の思いを紹介するもの目的です!

今回は寮生Sの投稿です。

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サイト訪問者の方へ

吉田寮は入りづらい、よく分からない

そんな声をよく聞きます。

このブログは

そんな声に答えたい思いからうまれた

吉田寮生の日々を紹介するブログです。

もしブログを読んで吉田寮が気になった人は

吉田寮を訪問してみてください。

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残り●●日というのは、

9月末までの日数です。

吉田寮生は9月末までに退去するように

大学から通告されています。

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百万遍にあったタテカンがまた撤去されたらしい。

当局は、西武講堂など一部の場所についてタテカンをたてることを認めたり、11月祭の時にはタテカンのスペースを拡充したりするなどを方針として打ち出している。


http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/soumu/soumu/news/2018/180613_1.html


その一方で、学外団体に対してはタテカンをたてるのを認めず、上述の通り、タテカン撤去は続いている。

筆者は吉田寮に住んでいるが、タテカンを立てたことは無い。

しかし、吉田寮にせよ、タテカンにせよ、共通しているのは「我々は蔑ろにされている」という想いであろう。


吉田寮も「代替宿舎を用意しさえすればそれでよし」タテカンも「設置場所を用意すればそれでよし」とすることで、私たちの言い分は、「一部の過激な学生の思い上がりによる身勝手で愚かで偽善的で下らない行動だ」と断じているように感じる。学生は無知蒙昧で何もわかっていないので、大学が丁寧に色々と諭して、規制をしてあげないといけない、という発想である。


吉田寮生やタテカン当事者たちにとって、より深刻なのは、こういった事態になって学生の側にたって論陣を張る人たちが、社会の側にほとんどいないことである。Twitterやヤフコメはバイアスがあるかもしれないが、ほとんどの論が当局支持であり、吉田寮やタテカンを支持するような意見はごく僅かである。一部の教員や地元住民の方々は応援してくれているが、それでもかつての学生運動とはもはや比べ物にならないほど、学生自治の存在感は低下しているし、それは魅力的なものでもなくなっている。これは仕方のないことなのかもしれない。


蔑ろにされ、嘲笑われ、踏みにじられた人々は、誇りを失い、自信を失っていく。


そして、社会や世間に対してポジティブなことが発信されなくなり、相手の欠点をただひたすらにあげつらって罵倒する発言だけが横溢していく。ネット環境は目も当てられないほどに醜悪さを増していると言わざるを得ない(かつて「ネチケット」という言葉があったが、もはやそれどころではないほど荒れ果ててしまっている)。


では、どうすればいいのだろうか。答えはない。ひょっとしたら、何をやっても全て無駄なのかもしれない。そして、「それでもなお」と言えるだけの根拠も自信も今の私にはないのであった。


ただ、それでもなお、諦めずに何かをしている人たちの足は引っ張りたくない、できるならば、その人たちをどうにか応援したい、とは思う。


私も何かをするために。


(本投稿はあくまでも一寮生の意見であり寮全体を代表する見解ではありません)

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吉田寮の未来のための私たちの提案

2019年2月20日、吉田寮自治会は署名提出行動とともに、記者会見を行いました。その際、提示した文書及び、大学当局への提案内容をここに転載いたします。 1)「吉田寮の今後のあり方について」を受けて  2019年2月12日、京都大学は『吉田寮の今後のあり方について』(以下、本文書において「今後のあり方」と言う)という文書を公式サイト上で発表し、記者会見を開いてマスコミ向けにこれを説明しました。この文

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