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「吉田寮無き素晴らしき世界/投稿者S」残り89日

先日、記事の題材にした元寮生がこんなことを言っていた。


「最近、デモやら抗議活動への風当たりも強い。でも、そういう人たちには、抗議する人たちが全くいなくなった世界のことを想像してほしい」


近頃、デモや抗議活動を行う人々に対する風当たりが強い。


自分の不遇さや、社会がどこかおかしい、ということに声をあげる人々を批判し、嘲笑し、徹底的にバッシングする風潮がどんどん強くなっている。


そういう人たちは、別の人たちからすると、耳障りで目障りで仕方無いのだろう。

これは当たり前のことである。

ありとあらゆる主張には、賛同できる人とそうでない人がいるからだ。


批判者たちには当然の権利があるし、それらの中には、正直、耳が痛いが的を射ているものもある。我々は、それを謙虚に聞かなければならないのだろう。


そういう人たち(デモや抗議をする人たち)がいなくなった世界はどんな世界だろうか。


そこにはありとあらゆる雑音が存在しておらず、ありとあらゆることがスムーズに進む。

誰も文句も不平も言わず、大きな物事の動きは、何の滞りもなく進んでいく。


そこは、ひょっとしたら住みやすく、素晴らしい世界なのかもしれない。


吉田寮はどうだろうか。


恐らく、この世界から吉田寮が無くなったとしても、それ程大きな影響はないだろう。


ほとんどの人にとって、何も変わらない日常が、ただ続く。


寮生にとってはどうだろうか。


意外と、それ程大きな変化はないのかもしれない。


そこもひょっとしたら素晴らしい世界なのかもしれない。


もしかすると、今の世界がそれ程素晴らしくない人にとっては、今まで通り素晴らしくない、つまらない日常かもしれない。


吉田寮が無くなった世界が明日、来るとして、私の人生はどうなるだろうか。


案外、それ程、変わりはないかもしれない。


ただ、気がかりなのは、今、自分の世界を占める「吉田寮」という存在が消えた時、そこに生じるであろう空白が、自分の心に何をもたらすのか、皆目見当がつかないということだ。



吉田寮に対して関心を持っている人も、そうでない人も

吉田寮のことを好きな人も、そうでない人も

吉田寮生が好きな人も、そうでない人も

吉田寮が残った方がいいと思っている人も、そうでない人も


もしもこの世界から吉田寮が存在しなくなった時、皆、どんな日を送るのだろうか。


変わらない日常だとしても、少し、考えてみてほしい。


あの元寮生が言ったように。







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