寮に入る前に、自転車の空気を入れるために寮に少しだけ入ったことがあった。
その時は、「こんな訳の分からん所に誰が住むんだよ」と思っていた。
その数年後に自分が入ることになるなど、当時の自分は予想だにしていなかった。
入寮のために寮に入り、面接と説明を受けた。
その後、私はある強面に見えた寮生が煙草をつけようとしていたので、火を差し出した。
その寮生は、かなりビックリしたようだった。
当時の私は、寮の中で有力者であるように見えた彼に、取り入ろうとでも思っていたのかもしれない。それほどまでに、寮と言う存在が分からなかったし、怖かったのだろう。
実際のところ、彼は有力者では無かった。
それどころか、彼はとてつもなく気さくでいい人だった。
寮に入った最初の頃、彼と呑みに行ったことがある。
そこで、熱っぽく寮について語られたことは今でも鮮明な記憶として残っている。
彼は、寮に対する愛が深い。
誰よりも寮のことを知っているし、誰よりもたくさんの寮生を知っている(と思う)。
彼は同時に、いわゆる「ろくでなし」と言われてしまうことも多いかもしれない。
酒が大好きで、そのくせ、酒癖が悪い。酔うと叫び出し、喚きだすこともしばしば。
しかし、彼は他の誰よりも、寮生から愛されている。
彼は人が困っていたら必ず助ける。
そして、彼が困っている時、多くの人が手を差し伸べる。
彼は今、仕事に就いた。彼が就くべき仕事に。
私は彼の煙草の火を点けたあの瞬間から、彼から今でも多くのことを学んできた。
そして、これからも学び続けるだろう。
彼は、私が今まで出会った人間の中でも、底抜けに酒好きでタバコ好きである。
そして、底抜けに優しい。
そんな人間と出会えた吉田寮は、まぁきっと、悪いところではないのだろう。
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