先日、寮の友人と一緒に車で映画を観に行った。
観に行った映画は「ハン・ソロ」である。
その友人と私はスターウォーズが好きで、「最後のジェダイ」もそうやって観に行った。
レイトショーで安く、観客も少ない。
終わった後は映画について、様々な伏線や演出について語り合う、というのがいつも流れである。
往路では、吉田寮について語り合った。
自治の仕組み、総会のメカニズム等、話題は挙げればキリが無い。
自分たちで少しずつ良くできていった部分もあれば、まだまだな部分もある。
映画の主人公のような強運もなければ、妙案が浮かぶ訳でも無い。
映画の世界に比べれば、現実は平凡であり、ありふれている。
そこには絶対的な悪の親玉もいなければ、全てを解決してくれるアイデアもない。
私たちを導いてくれるような存在もいない。
手さぐりで、のたうち回りながら何とかここまで進んできたように思っていたが、それも正しい自己認識かどうか。
こんな時によくあるのが、どこかの誰かが「私こそが正しいのだ」と現れることである。
だが、そういう人はよく、「自分の認識こそが客観的であり、何物も寄せ付けぬ絶対的な真理」であると主張し始める。そうなってくると少し怪しい。
だが、我が身を振り返れば、そういう言説を振りまいていないと断言もできない。
自分がほかの人を不愉快に思う時、自分自身に、その対象の不愉快さが宿っている時があるそうだ。
私たちは、もっと謙虚になる必要があるのだろうか。
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