先日久しぶり企業研究者の知り合いに会う機会があったので
吉田寮のことについて
吉田寮で感じたことについて話をした。
お互い時間がなかったので
東京駅の構内のちょっとしたカフェに駆け込み
軽く食事をしながらのわずかな時間。
その人は吉田寮によく遊びにきてくれて
よく飲み会をして
よく差し入れをくれた人だった。
その人曰く
「議論が議論でしかないのがいい。」
「クオリティの低いのがいい。」
と吉田寮の出来事は彼にとって
なかなか作り出せない貴重なものなのだそうで
つねにべた褒めだった。
今回の会話の初めにも
「あと25年後の日本にこの文化が残っているかが鍵になる。
25年持ちこたえて欲しい。」
と文系の研究が減少する日本の社会を憂いていた。
その彼に吉田寮で過ごしている夏休みの話をした。
パラパラ撮りためている写真を見せた。
すると彼は涙ぐんで
「今日あってくれて、この話を聞かせてくれてありがとう。」
と言ってくれた。
寮の中にいると、
寮の中での生活や
学生の生活は日常になっていて
きっと彼がどうして涙ぐんでしまうのか
想像できない人もいると思う。
だけど
私が会って話をした社会人の多くは
心が大きく揺さぶられて
いろんな記憶が駆け巡って
彼のように涙ぐむ人
泣き出す人
いろんな表現で
うけた衝撃を表現してくれる
その度にこの場所の魅力を
私は教えてもらうことができる。
私はそんな瞬間がとても好きで
何度でも体験したいと思ってしまう。
もっと多くの人の
そんな姿をみたいな。
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